わたしが考える集客
namytone
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そこかしこに花が咲き、気持ちまでふわっと軽くなる季節ですね。
道端の小さな花や、芽吹きはじめた木々を見ていると、
季節はちゃんと巡ってくれるのだなと、ほっと安心します。
街に出ると、切花を抱えた素敵な女性をときどき見かけます。
あの花はどんな花瓶に飾られて、どんなお部屋の景色をつくるのだろう。
想像するとウキウキしてきて、私も花を買って帰ろう……!と花屋へ。
花を飾ると、部屋の空気がふっと変わりますよね。
たくさんの花を飾るのも素敵ですが、一輪の花がとても好きで。

花束がシャンデリアだとしたら、一輪の花は一灯のペンダントライトのような。
小さな灯りだからこそ、かたちや光の美しさが際立つように、
一輪だからこそ、その花がもつ生命力や、静かに漂う空気の豊かさを
より深く感じられる気がします。

「美しくていねいに暮らす」ことの達人として知られる織田憲嗣さんは、
「本物体験」についてこんなことをおっしゃっていました。
ー本物体験とは、高価なものを手に入れることではなく、
一輪の野の花を手にとって、美しいと感じられることー
一流の舞台や食事、遠い国への旅。そうした体験ももちろん本物。
でも、それだけではなくて、もっと近いところに本物はあるのだと教えられた気がしました。
一輪の花に目を向けて美しいと感じることは、
いちばん素直で、本能的で、すぐそばにある「本物」への入り口なのかも。
名前も知らないその辺の草花を撮るのが好きなのですが、
写真を見返すと、一輪の花ばかりを選んでいることに改めて気づきました。
たくさん咲いている中でも、ふと目に留まる一輪。


それを見つける感覚は、自分にとって大切な存在を見つけることに、
どこか似ているのかもしれません。
大切な存在は、そんなにたくさんいらないことも、一輪の花は教えてくれます。